供養の考え方が変わってきている

【意外と知らないお墓のこと】

徐々に涼しくなり秋の訪れを感じる日々となってきましたが皆様いかがお過ごしでしょうか。

 

最近ではテレビや雑誌などでお墓参りやお墓じまい、供養のことなどが取り上げられているのをよく目にするように感じます。それだけお墓や供養に対して世間の注目を浴びているということですが、逆に言えばそれだけお墓や供養の実態が分からないという人が多いということにもなります。実際に直面しないとなかなかお墓や供養について考えることも少ないのではないでしょうか。

【希薄化が進む供養の意識】

龍音寺でも秋のお彼岸には10件ほどの法要のご依頼を頂きました。そんな中、若い人を中心に、法要はお墓の前でお経を上げて頂くだけで大丈夫ですという方が多かったそうです。住職が、本堂の中でも法要できますよと言っても、結構ですということで本堂には上がらないという方が多かったと聞きました。本堂に上がると別途費用が必要なのではないか、靴を脱ぐのが面倒くさい、長居して話を聞くのが嫌だ。こういった心理が働いているのではないかと思います。(当然断った方に直接聞いたわけではないので推測ではありますが。)

 

こういった事象は最近のお墓離れと供養に対する意識の希薄化が根底にあるのではないかと思います。お墓参りや供養は故人のためというよりも自分自身の気休めのため、といった意識が生まれ始めているように感じます。実際、龍音寺にお墓参りに来られる方でも花やお供え物を持たず、手ぶらでお参りだけしてすぐに帰るという方が増えてきています。(特に身内のお墓ではなく友人知人のお墓参りの方に多いそうです。)

【お墓じまいをして納骨堂へ】

最近ではお盆とお彼岸にお参りに来るだけでもいい方で、全くお墓参りに来ず、お墓が荒れ放題というのもよく見る光景となっています。(龍音寺霊園のお墓は比較的新しいものが多いことと、住職の管理により、いつもきれいに整備されています。)こうしたお墓参りや供養に対する意識の希薄化、形骸化は寂しいものですが、世の中の流れにあらがうことは難しいことです。人間というものはどうしても楽な方楽な方に流されてしまいます。また、他の人がそういう風にしているのなら自分たちも同じようにして大丈夫という気持ちになるのも日本人の特徴です。こういった背景があり、お墓じまいや、納骨堂、永代供養墓への改葬の需要が高まっています。龍音寺霊園にお墓を持たれている方でも、お墓じまいをして納骨堂にお骨を移される方が増えてきています。

 

当然他の墓所にあるお墓を墓じまいして、龍音寺の納骨堂(観音堂)にお骨をおさめることも可能です。観音堂は、お堂の中に入らなくても外からお参りできますし、お花も住職が取り換えてくれますので、手ぶらでも何の問題もなくお参りできる、今の時代に合った永代供養付き納骨堂となっています。

 

ぜひ龍音寺の納骨堂「観音堂」のホームページをご覧いただき参考にされてください。

 

 蓬莱山 龍音寺
大分県大分市荏隈庄の原2組-1
TEL 097-546-4121

 

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